気になる中村俊輔に対して以下のコメントをしている。
「中村が弱点を持っていたと答えればいいのか? 中村俊輔がどういうプレーをできて、どういうプレーをできないか、知っていて呼んだつもり。まず、マラソン選手ではない。しかし前よりも長い距離を走れるようになった。それから、アイデアがある選手だ。そして、彼も人間ですから疲れる。疲れればアイデアが出なくなる。改善点はプレーのスピードを上げること。彼ならばできると思う。自分でもできると彼は知っていると思う。今日の試合は彼にとっても難しい試合だった。数カ月ぶりの代表で気負いがあった。何か特別なことをやろうというプレッシャーがあった。1本1本のパスがナイスパスというのを狙っていた。しかし、世界中にそんな選手はいません。ですから、やればいいのは単純なプレー。天才ぶりを発揮するのは何回かに1回でいい。いつも天才であろうとすると結果は無残なものになる」。
ちなみに、彼が気になるようになったのはこの言葉からだ。
あなたは、息子さんを
最後まであきらめずに走る子供に育てましたか?
もしそうでなければ期待をしない方がいいでしょう。
もしそうなら、私が責任を持って育てます。
>>>>>>>関連する記事1941年5月6日、ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)サラエボに生まれる。60年ゼレツニカールでプロデビュー。64年にはユーゴ代表として、東京五輪に来日、日本戦でゴールを挙げる活躍を見せた。
68年欧州選手権準優勝メンバー。78年にストラスブールで現役引退し、同年に古巣ゼレツニカールで監督就任。86年にユーゴ代表監督に就任するとストイコビッチらを育て、90年W杯イタリア大会でチームを8強に導いた。92年に辞任。パナシナイコス監督をへて、93年からシュトルム・グラーツの監督に。02年までに、3度の欧州CL出場を果たした。03年から千葉監督。05年には、クラブ初のタイトルとなるナビスコ杯優勝を果たし、06年7月に日本代表監督に就任した。